亜哉の「写真日記」
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04.Jan.2003


 好きなカメラで写真を撮って、郷土の歴史に触れたり、そんな亜哉の「写真日記」のページです。




~ 「 クランクの路 」          登米町 寺池 ~

07. Nov .2009
 登米武家屋敷の締めは、寺池の武家屋敷通りの終点、城下町の特徴のひとつクランクの路です。
 登米の町は、平泉の藤原氏滅亡後は、葛西氏が治め、石巻城(日和山)から寺池城へ移します。豊臣秀吉の「奥州仕置」後は、木村氏が一時治めますが、悪政と葛西・大崎の家臣団の画策により大規模一揆(葛西大崎一揆・・伊達政宗煽動説がある)が起こり、一揆鎮圧後は、伊達氏の所領になり、伊達一門の白石宗直が登米へ入り、現在の町の原型を作ったといわれています。その後、白石宗直は伊達氏を名乗るのを許され、登米伊達氏として明治維新を迎えるまでに至っています。
 では、葛西氏の建てた寺池城は、どうなっているかというと、奥州仕置後、豊臣方と対峙して佐沼城とともに落城・・・・更に葛西大崎一揆でまた荒廃、白石宗直が入るも「一国一城令」により、城から要害屋敷に作り替えられ、現在の登米簡易裁判所のある本丸の下段に建てられたといわれています。城の遺構は、熊谷家の門として寺池城の裏門が移築されて残っています。
 寺池城ってあそこね・・と気づいたときはすでに帰路についているときで・・また行ってみなくっちゃ・・ちっちゃい町なのに裁判所があるのも、驚きましたが・・笑
 ZENZA-BRONICA ETRS / ZENZANON MC 50mm F2.8 / PRESTO /D76 20℃ 7分30秒 

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